【だれこのババア】桃栗たき子って何者なの?

2022-04-05帰ってきた桃栗


どうも~桃栗たき子です。
初めての方ははじめまして ウッフン。


簡単なプロフィールを作ってみたのでウンコタイムのお供に読んでいただけると幸いです☆

▼1968年 東京吉祥寺で産声をあげる。父親20歳、 母親19歳のできちゃった子。ひとり娘だから大人からうーんと甘やかされて育てられた。小学校2年のときに吉祥寺から岐阜県郡上市に移り住む。郡上市は高校まですごした青春の舞台。いまでも友だちがたくさんいるぜ!

シマシマのチョッキ&パンタロンでカッチョよく仁王
立ちするわたくし。


▼1987年 岐阜の公立高校卒業後、デザイン系専門学校に行くために上京する。自分の子どもらからは「この低学歴!」と言われます。


▼1988年 10月ごろ『ファミ〇ン通信』編集部(アスキー)に入部。もともと『ファ〇通』の読者というわけではなく、当時バイトしてた本屋さんでたまたま立ち読みした号にライター募集があって気まぐれに応募しただけ。面接は浜村さん浜〇通信)が担当してくれた。同期はサウナ〇ン 野口とかだねえ。


▼1989年 当時副編集長だった水〇店長と結婚。結婚式は入籍からちょっと遅れて長野県白馬村の教会で。そこの近くにあった天気図というオーベルジュの走りみたいな宿を友人&身内で借り切って。ちなみにその宿は名前と場所をちょっと変えて、いまでもやってます。ここは通の宿だよ!

※KASUKE 3rd
http://www.kasuke3rd.com/

式のために宿から教会へ向かうところ。娘が唯一「このママキレイだよねえ~」とため息交じりに言ってくれる写真。しかしこのとき結婚した人は残念ながらあんたの父親とは違う人なん だぜ! と思うと感慨深い。


▼1992年 当時の旦那さんとハワイに渡米。「どうして行ったのか? 」と聞かれれば、「ハワイで暮らしてみたかったから」としか 答えようがない。たまたま新婚旅行でハワイに行ったときに「こりゃーいいところだべ!」と思った。そしたらたまたま旦那さんの学友に、ハワイにも支社がある会社に勤務されてる方がいて、その方に口を聞いていただいた感じです。コネか。コネだな。


▼1995年 約3年のハワイ暮らしから年明け早々に日本に帰ってくる。帰ってきたとたん、街で新年会してた酔っ払いに絡まれたり、阪神・淡路大震災、サリン事件などが立て続けに起こり、「日本は怖いとこだべ。ハワイから帰るんじゃなかった」と思った。帰国したすぐから大先輩のスタパ齋藤さんにご指導いただき、『RPGツクール』の攻略本を皮切りにフリーライターとして仕事しまくった。


▼1996年 スーパーファミコン『RPGツクール2』に収録されたサンプルのゲーム『だんきちのバクチン大作戦!』を制作……っていっても、シナリオやキャラ設定、イベント制作のみで、バトルバランスとかの調整はスタッフさんに丸投げな!! だから「敵が出現しすぎ!」とか「敵硬すぎ!」のような意見もあるみたいだけど私の責任ではないから関係ありません!
ちなみに~、『RPGツクール SUPER DANTE』で作った『うまたろうゲンナリン大冒険!』は、『ファ〇通』の企画記事内のレビューで堀井雄二さんから満点もらった自信作です! 自分もまたやりたいけど動画すら見つからないわ。もうこの世にはないのかも。『だんきち』はなぜか伝説のサンプルゲームとしてニコニコとかでけっこう動画アップされてて、「みなさんほんとによく頑張るなー」と感心したりしてます。


▼『RPGツクール2』
https://ja.wikipedia.org/ wiki/ RPG%E3%83%84%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB


▼1997年 神田正輝と松田聖子が離婚した前日、私も離婚したので「これは時代を先取ってしまった!」と思ったり。ハタチのころから『ファ〇通』しか知らない箱入り娘だったが、当時そこから分裂して新しく設立されたアクセラの『週刊TV Gamer』で連載を書かせていただいたことをきっかけに『ファ〇通』系のお仕事が激減。当時『週刊TV Gamer』の編集長が元旦那さん、副編集長がいまの旦那さん。そんなことから自分が近マン下げマンということを知る。

※アクセラ
https://ja.wikipedia.org/ wiki/%E3%82%A2%E3%82% AF%E3%82%BB%E3%83%A9_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)

楽しかった『超銀河! ヒ ーローおばさん』の連載。おもしろそうなオモチャを買ってキャッキャ遊んでそれをテキトーに紹介するコラム。この連載をバンダイの偉い人が見ていてくれたおかげで、当時バンダイがやってたCS番組『キャラネットTV オタックビーム』という番組のキャスターもやらせていただいたわ。誰も知らんと思うけど w


▼2001年 いまの旦那さんと再婚、それから息子と娘を産んでいまに至る……ってすまん、書くのめんどくさくなっちゃった。イヒ!!

ライター仕事のほかには手もみ仕事のセラピストに転職したりもした。その仕事も楽しかった。


iPhoneの修理バイト(正規と不正規どちらも)はちょっと大変だったけどそれも楽しかった。レジ打ちとかの仕事はしたことないから、お金は怖くて触ったりできません!! いまはヒマしてまーす! できそうなお仕事あったらお声がけください!! 基本箱入り娘なんですけどね! 頼むぜー!!


※Twitterはこちら!!
https://twitter.com/momo_kuri

【編集〇注】一部の伏〇字は、ライターの意思とは関係なく、編集部が独自の視点から入れています。

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(2021/11/02 追記)

 2021年10月31日、桃栗たき子さんが逝去されたということが、ご本人のtwitterアカウントにて、ご家族が投稿する形でアナウンスされました。

 当サイトでもとても楽しい記事を書いてくださり、またこのサイトを応援してくださっていたことに厚く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

 最高に面白い記事と勇気をいただいていました。この場を借りて、故桃栗たき子さんのご冥福をお祈りします。

(鼻ペン後継者、Mr.Hanapen-Man)

(2022/4/5 追記)

 桃栗たき子さんのtwitterをこちらに埋め込んでおきます。

 改めて桃栗たき子さんのご冥福をお祈り申し上げます。