■レトロゲーム追憶記!!!! 1985年 任天堂 FC「スーパーマリオブラザーズ」

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このゲームは、社会現象になったと記憶しております。

ファミコンも、飛躍的に売れたんだろうな~。

ゲームを知らない人でも、知ってますよね。

オリンピックで、首相がコスプレするくらいだもんw

でも、このゲーム、「マリオブラザーズ」から、よくあそこまで、発展させましたね。

横スクロールアクションゲームの元祖にして最高傑作ですよね。

また、裏ワザのインパクトは、半端じゃなかった。

3-1、最後のゴール前の山。

亀の甲羅を当て続けると・・・。

1upが続いて、どんどんとマリオの残機が増えていく。

ちなみに、ワタクシ、何度か、挑戦しましたが、1回も成功しませんでした。

持ち主の「前野(仮)」は、余裕で、マリオの機数が増殖していく。

それを、ただ、見ているだけの自分。

悔しさが強く心に残り、やがて、それは、ゲームへの歪んだ愛情へ繋がっていく・・・。

なんてなw

それ以外にも、画面の上を進み続けると、ワープする場所があったのも、印象が強かった。

なんか、規制を外した自由があったような気がします。

このゲームの開発秘話は、残っているんですかねえ~。

どうして、あんなゲームが出来たのか?

とても、興味があります!

「スーパーマリオブラザーズ」(FC)のプレイ映像はこちら

「スーパーマリオブラザーズ」(FC) の裏技集

「スーパーマリオブラザーズ」(FC) 世界最速(?)プレイ

「スーパーマリオブラザーズ」(FC) 無限1UPステージ集

(編集部追記)

 「スーパーマリオブラザーズ」は、1985年9月13日に発売されました。ファミコンは、1983年に発売されていましたが、国内で680万本を売り上げる大ヒットとなり、この作品によってファミコンブームが巻き起こりました。また、世界での販売本数は4000万本にも達し、任天堂の名前を世界中に知らしめることになります。

 前作の「マリオブラザーズ」では固定画面だったステージは、横スクロール(場面によっては縦にもスクロースする)し、横スクロールアクションというジャンルを確立し、その後のゲームの主流となりました。また、敵を上から踏みつけると倒せるという要素を導入し、「触れる・触れない」という攻守のカギをより深めたことも、アクションゲームとしての大きな特徴でしょう。

 また、アイテムにより巨大化してスーパーマリオになったり、ファイアマリオにもなれるなど、アクションによる攻略・楽しさにも多様性が生みだされていて、ゲームおやじさんが言おう通り、こんなに大幅に進化するってどういうこと? っていうくらいの大進化をしています。

 さらに、ダッシュ(Bダッシュ)からのジャンプ、しゃがみなどで、多様なアクションを生み出し、それを使うことで、ステージを隅々まで探索すると隠しアイテムや隠しルートが見つかるなど、裏技ややり込み要素による、ゲーム性の追求が飛躍的に深まったことが、多くの人たちを熱狂させました。

 任天堂は当時、ファミコンのROMカセットよりも大容量でセーブも可能なディスクシステムを開発しており、そのため「ドンキーコング」「マリオブラザーズ」を開発してきた宮本茂氏は、それまでのアクションゲームの集大成として、様々な要素を詰め込み、当時の開発期間の大幅に延ばして制作した、という話は有名です。

 また、音楽は、当時まだ新人だった近藤浩治氏(1984年入社)が担当(開発は、1984年の年末から、と言われる)しています。おそらく世界一有名な、あの「スーパーマリオブラザーズ」の地上面のBGMは、近藤がもっとも敬愛しているというジャズミュージシャン、渡辺貞夫氏の影響を受けている、ということです。

  そして「ス―パーマリオ」シリーズは、その後も多数の続編やシリーズ作が生みだされ、シリーズ累計で5億本以上と言われています。2005年には米国IGNで「Top 100 games of all time」において1位に選出されるなど、ゲームの中のゲームであり、世界でもっとも有名なゲームと言えるでしょう。